公的機関で働く内向型HSPの主張

飲み会・集団行動は苦手だけど、繊細・敏感で他人の痛みや弱さに共感でき、どんな相手にも信頼される誠実さを持つ内向型・HSP・人見知りな人間が、「国や地域の制度・仕組みを決めるのに、様々な国民・住民の意見が反映され、誰もが利益を享受することができる、優しい(争いのない)社会」を実現するため、団体・連合会・官公庁・独立行政法人などでの勤務経験や、「あるべき理想への追求心」・「他人の痛みや弱さに共感できる気持ち」・「常識の枠にとらわれない自由な発想」など内向型の持つ強みを活かして主張します。

<悲劇>正義感が強い人より威圧する人が優位な日本社会

私が今後の人生について相談する際などに、これまでの経緯などを説明すると、

「あなたは正義感が強い」

と言われることが何度かありました。

たしかに窓口や電話で、次々と現れる「自分だけ便宜を図ってもらおうと威圧的な態度や言動をとる人」と応対していると、「ごね得は絶対許さない!」という気持ちになり、それがだんだんストレスを溜め、人間不信を強くしていきました。

ごね得を拒否することができるルール(法律)や根拠が明確であればまだマシなのですが、最近はそのルール(法律)が無視され、威圧した者が勝つという状況がそこらじゅうで起きています。

例えば内閣や国会・議会で多数を占め権力を握っている人達の態度や言動を見ると、そう感じるのではないでしょうか(そう思えない人は、ご自身も相手に自分の都合を押し付ける威圧的な人かも?)。

求人などでは「臨機応変ができる人」が望まれているようですが、話を聞いていると、この「臨機応変」とはごね得を許すことであるような気がしてなりません。

そんな「臨機応変」だったらできなくてもいいと思うのですが、そうではない「正義感が強い」人はどんどん社会から離脱してしまうという、今の日本は、そんな嘆かわしい国だと感じざるを得ません。

否定や攻撃されることが多い社会だけど・・・

してほしいことというのは人によって違うけれど、嫌なことは皆似ており、「無視されること」「否定されること」「攻撃されること」なのだそうです。

なので、自分がされたら嫌なことを人にしないようにしよう、ということなのですが、今は特に「否定されること」「攻撃されること」が多くないですか?

権力者と違った意見を持ち権力者を批判すると、権力者やその賛同者から攻撃を受け、権力側に反した情報は得られず、権力者と違う価値観を持つことは許されない、そんな社会にどんどんなっていくのを強く感じています。

逆に権力者の仲間は、ルールを破っても罰が軽減されたり、全くお咎めがなかったりする社会になってしまっています。

「忖度」という言葉、少し前までは全く聞いたことがありませんでしたが、今では多くの人がその意味を知っていることでしょう。

組織の構成員は全員、(権力者の決めた)一つの方向に向かって一丸にならなければいけないというのが日本の伝統みたいなのですが、これまで日本が抱えてきた社会問題(公害問題、派遣切り、ブラック企業メンタルヘルス不調の増大など)はこの伝統によって引き起こされているが大多数なのではないでしょうか。

我々の持つ権利は数少ないけれど、行使しなければこういった権力者を利することになります。

例)
・政治家は信用できないという理由で選挙に行かない
→信用できないというイメージに最も近い政治家が当選しやすくなってしまう。

・飲み会に参加するのは辛いけど、場を白けさせないため明るくふるまう
→飲み会に参加するのが好きと思われて、参加の機会がますます増えてしまう。

まずはできることをやり、そこから現代の否定・攻撃される社会を変えていきましょう!

できないことを思い悩むよりも、できることを見つけて行動したい

独立開業、フランチャイズ募集のアントレnetのサイトで、「それぞれの『雇われない生き方』」という連載がかつてあったようですが、この連載のNo.62の本文に、

できないことを思い悩むよりも、できることを見つけて行動する。

と書かれています。

entrenet.jp

内向的な人達は「できないことを思い悩む」ことが多く、逆に外向的な人は「克服できないことはない」という考えを持っている印象があります(外向型と思われる方から昔いただいたメッセージを読んだ印象です。)。

でもそれは「全く克服できないこと」を克服しなければならない状況になることが、内向型には多く、外向型にはほとんどない、というだけにすぎません。

内向型の人にとって「できること」を見つけて行動できればよいのですが、ヒントを得ようと思ってネットで検索すると、内向型の得意なことや適職について書かれたサイトはいくつか見つけられます。

このブログにも「内向型にとって、公務員は適職なのか? 」という記事があり、「内向型」「公務員」「適職」で検索する方が多いのでしょうか、このブログで多く読まれている記事の一つになっています。

ics.hatenablog.com

しかし、自分にはこれだ!というところまではいかないんですよね。

あるべき理想を追求してじっくり考えたいと思い、公務員など公的な仕事をしたいと志望しても、

ics.hatenablog.com

に書いたように、その思いとは全く違う立場に立たされることが多いです。

そんな公的機関で働く内向型の方を救う役割を私が担いたい、という思いがありました。このブログで一時期、活動案を書いて運営メンバーを募集することも少しやってみました。

最近、内向型やHSPが世間に知られるようになり、これらを対象とするグループが作られるようになったようですが、「内向型・HSPであることに悩む人を救う」ことがメインで、「内向型・HSPの強みを生かして社会を改善する」という一歩踏み出したものが見つからないと思ったからです。

しかし、自分で人を集め、人に思い通り動いてもらうという「できないこと」(苦手なこと?)にぶち当たることに気付きます。そして数日でブログ記事を削除してしまいます。

たぶん、私が望んでいることと同じ活動をするところに加わるならできると思います。内向型・HSPがメインで社会を改善するためのアイデア・提言をするような活動をしているところはありませんか?

人との出会いを求めても、会うことが憂鬱になってしまう

3か月前の記事ですが、内向的な人によく起こりやすい「約束したときは楽しみにしてたのに、予定の前日になると憂鬱で仕方なくなる」といった症状について、その特徴を4コマでまとめたtwitter投稿が話題になっている、というのを見ました。

nlab.itmedia.co.jp

元記事では

Twitterではこれに「おれだ」「私だ」と自分の症状と重ねて共感する声が多く寄せられ、10万近くリツイートされる反響に。中には自分が主催となる予定だと特になるといった声や、その約束が気になって他の事が手に付かなかったりするなどの声も寄せられています。

とありますが、私も同じように感じたことが何度もあります。

このような症状になるのは、もともと自分が内向型だからということもありますし、これまで関心があって参加したものの、大人数の飲み会が交流の中心だったり、「他の考えや価値観を弾圧・排除する」傾向が強く私が自分の考えを述べても理解されなかったりと、私には窮屈で居心地が悪い集まりが多かったということもあると思います。

そのため、一時的には人との出会いを求めても、少し経つとそれが怖くなって憂鬱になり、結局意思を引っ込めてしまうということの繰り返しです。

あれ?約束する前に引っ込めるということは、元記事の症状よりもひどいのでは?

向いていない場所で無理して我慢しても意味がない ~「ニートの歩き方」より

かつて、自分にはうまく処理できない仕事が続いたことで適応障害になり、退職して転職活動をするも不採用が続き、社会に適応できないと嘆いていた頃、「ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」(pha著・技術評論社・2012年)という本に出会いました。

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

読んだ当時心を惹かれたのは、例えば130ページ~140ページ「世間のルールに背を向けろ」に書かれている、

人間にはそれぞれ適性がある。ある人には当たり前にできることが他の人にはできなかったりする。

結局それは向いているか向いていないかというだけの問題だったと思う。世の中で一般的とされているルールや常識や当たり前は、世の中で多数派とされている人たちに最適化して作られている。少数派がそんなアウェイな土俵で戦っても負けるだけだ。無理して我慢しても意味がないし、向いていない場所からは早めに逃げたほうがいい。

など、仕事に適応できず社会人(正社員)を断念しかけていた私が感じていたことと同じ内容が多数書かれていたからです。

自分の属する社会に適合(適応)できず、絶望感に支配されていると感じている方は、「ニート」という言葉に拒絶することなく、この本を読んでみてはいかがでしょうか。