公的機関で働く内向型HSPの主張

飲み会・集団行動は苦手だけど、繊細・敏感で他人の痛みや弱さに共感でき、どんな相手にも信頼される誠実さを持つ内向型・HSP・人見知りな人間が、「国や地域の制度・仕組みを決めるのに、様々な国民・住民の意見が反映され、誰もが利益を享受することができる、優しい(争いのない)社会」を実現するため、団体・連合会・官公庁・独立行政法人などでの勤務経験や、「あるべき理想への追求心」・「他人の痛みや弱さに共感できる気持ち」・「常識の枠にとらわれない自由な発想」など内向型の持つ強みを活かして主張します。

できないことを思い悩むよりも、できることを見つけて行動したい

独立開業、フランチャイズ募集のアントレnetのサイトで、「それぞれの『雇われない生き方』」という連載がかつてあったようですが、この連載のNo.62の本文に、

できないことを思い悩むよりも、できることを見つけて行動する。

と書かれています。

entrenet.jp

内向的な人達は「できないことを思い悩む」ことが多く、逆に外向的な人は「克服できないことはない」という考えを持っている印象があります(外向型と思われる方から昔いただいたメッセージを読んだ印象です。)。

でもそれは「全く克服できないこと」を克服しなければならない状況になることが、内向型には多く、外向型にはほとんどない、というだけにすぎません。

内向型の人にとって「できること」を見つけて行動できればよいのですが、ヒントを得ようと思ってネットで検索すると、内向型の得意なことや適職について書かれたサイトはいくつか見つけられます。

このブログにも「内向型にとって、公務員は適職なのか? 」という記事があり、「内向型」「公務員」「適職」で検索する方が多いのでしょうか、このブログで多く読まれている記事の一つになっています。

ics.hatenablog.com

しかし、自分にはこれだ!というところまではいかないんですよね。

あるべき理想を追求してじっくり考えたいと思い、公務員など公的な仕事をしたいと志望しても、

ics.hatenablog.com

に書いたように、その思いとは全く違う立場に立たされることが多いです。

そんな公的機関で働く内向型の方を救う役割を私が担いたい、という思いがありました。このブログで一時期、活動案を書いて運営メンバーを募集することも少しやってみました。

最近、内向型やHSPが世間に知られるようになり、これらを対象とするグループが作られるようになったようですが、「内向型・HSPであることに悩む人を救う」ことがメインで、「内向型・HSPの強みを生かして社会を改善する」という一歩踏み出したものが見つからないと思ったからです。

しかし、自分で人を集め、人に思い通り動いてもらうという「できないこと」(苦手なこと?)にぶち当たることに気付きます。そして数日でブログ記事を削除してしまいます。

たぶん、私が望んでいることと同じ活動をするところに加わるならできると思います。内向型・HSPがメインで社会を改善するためのアイデア・提言をするような活動をしているところはありませんか?

人との出会いを求めても、会うことが憂鬱になってしまう

3か月前の記事ですが、内向的な人によく起こりやすい「約束したときは楽しみにしてたのに、予定の前日になると憂鬱で仕方なくなる」といった症状について、その特徴を4コマでまとめたtwitter投稿が話題になっている、というのを見ました。

nlab.itmedia.co.jp

元記事では

Twitterではこれに「おれだ」「私だ」と自分の症状と重ねて共感する声が多く寄せられ、10万近くリツイートされる反響に。中には自分が主催となる予定だと特になるといった声や、その約束が気になって他の事が手に付かなかったりするなどの声も寄せられています。

とありますが、私も同じように感じたことが何度もあります。

このような症状になるのは、もともと自分が内向型だからということもありますし、これまで関心があって参加したものの、大人数の飲み会が交流の中心だったり、「他の考えや価値観を弾圧・排除する」傾向が強く私が自分の考えを述べても理解されなかったりと、私には窮屈で居心地が悪い集まりが多かったということもあると思います。

そのため、一時的には人との出会いを求めても、少し経つとそれが怖くなって憂鬱になり、結局意思を引っ込めてしまうということの繰り返しです。

あれ?約束する前に引っ込めるということは、元記事の症状よりもひどいのでは?

向いていない場所で無理して我慢しても意味がない ~「ニートの歩き方」より

かつて、自分にはうまく処理できない仕事が続いたことで適応障害になり、退職して転職活動をするも不採用が続き、社会に適応できないと嘆いていた頃、「ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」(pha著・技術評論社・2012年)という本に出会いました。

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

読んだ当時心を惹かれたのは、例えば130ページ~140ページ「世間のルールに背を向けろ」に書かれている、

人間にはそれぞれ適性がある。ある人には当たり前にできることが他の人にはできなかったりする。

結局それは向いているか向いていないかというだけの問題だったと思う。世の中で一般的とされているルールや常識や当たり前は、世の中で多数派とされている人たちに最適化して作られている。少数派がそんなアウェイな土俵で戦っても負けるだけだ。無理して我慢しても意味がないし、向いていない場所からは早めに逃げたほうがいい。

など、仕事に適応できず社会人(正社員)を断念しかけていた私が感じていたことと同じ内容が多数書かれていたからです。

自分の属する社会に適合(適応)できず、絶望感に支配されていると感じている方は、「ニート」という言葉に拒絶することなく、この本を読んでみてはいかがでしょうか。

消費税増税はすべて福祉や社会保障に使われる?

消費税の引き上げ(増税)が話題になるとき、その引き上げ分は福祉や社会保障にすべて使われる、なんて言われています。

www.mof.go.jp

こういうことを見聞きすると、福祉とか社会保障など我々の生活に必要なものに使われるなら仕方ないか、とおもってしまいがちです。

しかし、国や地方公共団体がこれまで支出してきた費用は変わらないという前提がないとおかしくないですか?

役所で支出の起案を担当したことがある経験から言わせてもらうと、公共事業や物品の購入など様々な支出で国や地方公共団体も消費税を支払っています。

消費税が引き上げになれば、これらの支出も当然その分引き上げられるのですから、仮に「引き上げ分は福祉や社会保障にすべて使われる」としても、その他の税金で引き上げ分の費用を負担せざるを得ません。

つまり消費税が引き上げになっても、その分すべて国や地方公共団体が使えるお金が増えるというわけではありません。

こう考えると、消費税の引き上げ分は福祉や社会保障にすべて使われるという言い分は怪しいと思いませんか?

消費税増税を進める人や集団には何か魂胆があるのでは・・・?

 

内向型がふさわしいのに、内向型には向いていないもの

他人の気持ちに寄り添い、共感し、集中して物事をよく考え、理にかなった判断をする。

政治に携わる人は本来、このような特徴を持つ人がふさわしいのではないかと思います。

そして、このような特徴を持っているのが内向型の人達です。つまり内向型は政治に携わるのにふさわしい人達だと感じています。

しかし、実際に内向型が政治家になろうとするとたいていの場合つぶされてしまうのではないかと思います。

自分のことを押し通し、反対する立場に対して攻撃的になり、口ではいいことを語っても実際にはやろうとしない(むしろ逆のことをする)。

このような人達が政治家に向いている人達です。つまり内向型は政治に携わるのに向いていない人達だと感じています。

でも、攻撃的な人が国を動かすということは多くの衝突を生むことになりますよね。実際、今の日本で国内外問わず生じている問題は政治家による攻撃的な対応に一つの原因があるものが多いと思いませんか?

対立する双方が攻撃的だと、衝突がエスカレートすれば武力衝突、そして戦争へとつながります。一方でも共感的な対応をすればそこまで発展することはないでしょう。

ですが、今の政治家は攻撃的な人達に向いている職業になっています。彼らが選挙に強いからでしょう。

ではなぜ彼らが選挙に強いのか。それは組織票を持っているから。

組織票を持っていると選挙に強いのはなぜか。それは投票しない人が多く、その分得票率が高くなるから。

となれば、共感的な候補者や政党に多くの人が投票をし、議員の多数が共感的な人達になれば、政治の世界が内向型にとってふさわしくかつ向いているものになるのではないでしょうか。

このような視点で、選挙の投票先を考えてみるのはいかがでしょうか。